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新潟地方裁判所 昭和56年(ワ)797号 判決

原告

株式会社浦浜開発

右代表者代表取締役

風祭康彦

右訴訟代理人弁護士

坂井熙一

斉木悦男

被告

櫻井一二三

外一二五名

右訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

外一〇名

主文

一  別紙(三)不出頭被告目録記載の被告ら及び被告森田綾子(被告番号51)はそれぞれ原告に対し、別紙(四)物件目録記載一の土地について昭和四七年五月三一日売買を原因とする別紙(五)持分一覧表記載の共有持分権の移転登記手続をせよ。

二  原告と被告逢坂正男(被告番号102)との間において、原告が別紙(四)物件目録記載二の土地について所有権を有することを確認する。

三  原告のその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告と別紙(三)不出頭被告目録記載の被告ら、被告森田綾子及び同逢坂正男との間に生じたものは同被告らの負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じたものは原告の負担とする。

事実

一  原告訴訟代理人は

1  別紙(二)被告目録記載一、三の被告らはそれぞれ原告に対し、別紙(四)物件目録記載一の土地について昭和四七年五月三一日売買を原因とする別紙(五)持分一覧表記載の共有持分権の移転登記手続をせよ。

2  原告と別紙(二)被告目録記載二の被告らとの間において、原告が別紙(四)物件目録記載二の土地について所有権を有することを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求め、請求の原因として

1  別紙(四)物件目録記載一、二の各土地(以下「本件土地一、二」という。)はもと新潟市女池部落(旧中蒲原郡鳥屋野村大字女池。以下「女池部落」又は単に「部落」という。)の入会地で、部落民の総有に属していた。

2  女池部落の構成員は次のようにして定まる習慣である。

(一)  部落内に本籍を置き、部落内の土地を所有して部落内に居住する家の戸主(家制度の廃止後は世帯主)は構成員となる。

(二)  部落内に出生して部落内に分籍し、部落内の土地を所有して部落内に居住する者も構成員の資格を取得する。

(三)  他から部落内に本籍を定めて移住し、部落内の土地を所有する者も構成員の資格を取得する。

(四)  部落外に本籍もしくは住所を移し、又は部落内の土地を所有しなくなった者は構成の資格を失う。

3  昭和三五年における女池部落の構成員は別紙(六)女池部落構成員目録記載の七九名であった。すなわち、女池部落は明治一五年に議定書を作成して構成員九二名を確定したのであるが、昭和三一年にその後の構成員資格の取得を調査したところ、構成員は別紙(六)女池部落構成員目録記載の七九名及び廣川承慎、渡部教宣、真柄善一郎の合計八二名であり、これ以外に構成員は存在しないことが判明した。

しかして廣川は皆応寺の住職、渡部は同寺の伴僧であるため、いずれも女池協議費(部落財産の管理等に必要な費用に充てるため部落構成員が支払うべき負担金)を納入しておらず、真柄も協議費の納入を怠っていたので、右三名はそのころ女池部落の決議と同人らの承諾とにより、構成員としての地位を脱退したものである。なおこの他に丸山義意はその先代が大正一二年ころ部落内に本籍を定めて移住したが、土地を所有せず、協議費も支払っていなかったから、部落構成員としての資格を有しなかった。

4  女池部落は右のようにして確定された別紙(六)記載の部落構成員全員の同意のもとに、昭和三五年に本件土地一、二を斎藤文誉に売り渡した。

5  斎藤は同年に房総観光産業株式会社に対し、同社は昭和三六年九月一一日に日本電建株式会社に対し、同社は昭和三八年四月二五日に新星企業株式会社に対し、同社は昭和四七年三月三一日に室町産業株式会社に対し、同社は同年五月三一日に関新観光開発株式会社に対し、それぞれ本件土地一、二を転売し、原告は昭和四八年七月三一日に関新観光開発を吸収合併した。

6  斎藤文誉、房総観光産業、日本電建、新星企業及び室町産業はいずれも右転売の際、各買主に対し、本件土地一につき、自己より前の所有者から自己より後の所有権取得者に対して自己を経由せずに直接所有権移転登記手続(いわゆる中間省略登記)をすることに同意した。

7  本件土地一には佐藤與松が四分の一の共有持分権を有する旨の所有権保存登記がなされているところ、同人は昭和一二年二月二三日に死亡し、その地位は別紙(七)「本件土地一に関する相続関係」記載の通り、相続により別紙(二)被告目録記載一、三の被告らに別紙(五)持分一覧表記載の割合で承継された。

8  本件土地二は未だ所有権保存登記がなされていないから、原告がこれについて所有権保存登記をするためには判決により自己の所有権を証明する必要があるところ、その登記簿の表題部には笠原惣内、逢坂七郎次、逢坂啓次及び渡辺庄吉が共有者として記載されている。

9  笠原惣内は明治三三年七月二六日に隠居し、逢坂七郎次は明治三九年八月三日、逢坂啓次は同年六月一日、渡辺庄吉は明治二九年八月二日にそれぞれ死亡し、これらの者の地位は「別紙(八)本件土地二に関する相続関係」記載の通り、相続により別紙(二)被告目録記載二の被告らに承継された。

10  よって原告は、別紙(二)被告目録記載一、三の被告らに対しては、本件土地一の売買契約及び所有権に基づき、昭和四七年五月三一日売買を原因とする別紙(五)持分一覧表記載の共有持分権の移転登記手続を求め、別紙(二)被告目録記載二の被告らに対しては、原告が本件土地二について所有権を有することの確認を求める。

と述べた。

二  別紙(二)被告目録五記載の被告ら及び被告渡邊スミエ各訴訟代理人は「原告の同被告らに対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する認否として、

1  同1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。他から移住してきた者が部落構成員となるためには部落内の土地を所有することが要件であるが、部落出身者については部落内の土地を所有することは要件でない。

3  同3の事実も否認する。廣川、渡部、真柄の三名は部落構成員としての地位を脱退していない。また他に丸山義意は明治二〇年に部落内に本籍を定めて移住し、昭和二五、六年ころに部落内の土地を取得して部落構成員としての資格を取得していたものである。

4  同4の事実のうち、主張にかかる売買契約が存在することは認めるが、本件土地一、二を売り渡すについて女池部落構成員全員の同意があったとの主張は否認する。第3項で述べた通り、少なくとも廣川、渡部、真柄及び丸山の四名は部落構成員であったにも拘わらず手続から除外され、同意を求められなかったし、同意していない。従って右契約は無効である。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実は知らない。

7  同7の事実は認める。

8  同8の事実のうち、登記簿に主張のような記載のあることを認める。

9  同9の事実は認める。

と述べ、抗弁として

1(公序良俗違反)

請求の原因5のうち日本電建が房総観光産業から本件土地一、二を買い受けた契約は、以下に述べる通り公序良俗に反するから民法九〇条により無効であり、故に原告はその所有権を取得できない。

(一)  田中角栄(以下「田中」という。)は昭和二二年に国会議員に当選して以来その地位にあり、昭和三二年七月から昭和三三年六月まで郵政大臣、昭和三七年七月から昭和四〇年六月まで大蔵大臣、昭和四六年七月から昭和四七年七月まで通商産業大臣、同年七月から昭和四九年一二月まで内閣総理大臣、また昭和四〇年五月から昭和四一年一二月まで及び昭和四三年一一月から昭和四六年七月まで自由民主党幹事長をそれぞれ務める等した政治家である。

(二)  房総観光産業(代表取締役社長は鈴木一弘)は不動産業者の斎藤文誉から蓮潟及び鳥屋野潟(いずれも新潟市内に存在する湖。本件土地一、二は鳥屋野潟の一部である。)の湖底地の買収計画を持ち掛けられてこれに乗り、昭和三五年一一月ころには蓮潟の買収・埋立てを完了させて翌年一月ころに分譲を開始できる状態とし、鳥屋野潟の買収も約半分を終えていた。

(三)  田中はこれに目を付け、私腹を肥やすため、自己の政治的地位を利用して右土地を横取りしようと企てた。

(四)  そこで田中は、房総観光産業の鈴木一弘(以下「鈴木」という。)を苦境に陥れるため、まず昭和三五年一一月、自己に極めて近い人物である北越製紙株式会社社長の桜井督三をして鈴木を恐喝容疑で告訴させ、このため鈴木は同容疑で逮捕され、同年一二月に起訴された。

(五)  次いで昭和三六年、田中はやはり自己に近い大蔵官僚の高橋俊英及び新飯田美津男等を利用し、鈴木が脱税をしたとしてその取引銀行に融資の即時回収を強力に指導し、鈴木が担保として差し入れていた株券を不当な廉価で売却させ、さらに大蔵省をして蓮潟及び鳥屋野潟の差押さえをさせた。

(六)  鈴木はこうして窮地に追い込まれた結果、蓮潟及び鳥屋野潟の売却を余儀なくされた。ところでこれを買い受けたのは日本電建であるが、田中は買受直前の昭和三六年五月二六日に日本電建の総株式の八五パーセントを取得して代表取締役に就任していたものであり、そのオーナーであった。もっとも田中は昭和三七年七月一八日に大蔵大臣に就任したため代表取締役を辞任し、腹心の入内島金一を代表取締役に就任させたが、同人は田中の傀儡であり、田中がオーナーであったことに変わりはない。

(七)  日本電建が蓮潟及び鳥屋野潟を買い取った価格は一億八〇〇〇万円であり、漁業補償分の二〇〇〇万円を除くと実質的には一億六〇〇〇万円で買い取ったことになるが、鈴木はそれまで蓮潟の埋立工事に三億ないし四億円を投資していたのであるから、鈴木が窮地にあることに付け込んで不当な廉価を押し付けたことは明らかである。

(八)  日本電建は右購入のわずか一年後の昭和三七年九月に蓮潟のみを新潟市及び新潟県に二億一三〇〇万円で売却したが、これについても田中は自己の政治家としての影響力を行使したものであり、右売却価格は鳥屋野潟及び蓮潟の買受価格を上回る。こうして日本電建は蓮潟だけで十分な利益を上げたうえ、鳥屋野潟をいわばただ(無償)で手に入れることに成功したのである。鳥屋野潟は当時でも一二億六〇〇〇万円もの利益を生み出しうる価値を有していたし、現在新潟県を中心に進められているいわゆる一〇分の一換地計画(鳥屋野潟の一部を埋め立て、湖底地の私権を抹消する代償として一〇分の一の面積の埋立地を与えるというもの)によれば、何と七五億円もの利益を生み出すのである。

(九)  以上に述べた通り、田中は国民の代表者としての任務に背き、私腹を肥やすために政治家である地位を利用して鈴木を窮地に追い込んで鳥屋野潟を無償で取得し、これによって暴利を貪ろうとしているのであって、公序良俗に反する。なお本件では政治家の国民代表としての任務の違背が問われているのであるから、政治家である田中側(原告は次に述べる通り田中の幽霊会社であり、田中と一体をなすものである。)において疑惑を晴らすべきもの、即ち任務違背行為のなかったことを証明すべきであり、その証明のない限り公序良俗に反すると判断されるべきである。

2(登記請求権の濫用)

原告の所有権移転登記手続を求める請求は、以下に述べる通り登記請求権の濫用であるから許されない。

(一)  田中はこれまで数々の幽霊企業を支配・駆使して暴利を貪り、納税義務を免れ、自らの政治的地位の利用を隠蔽してきた。税金逃れの具体的手法は、幽霊会社に所得を分散する、経費の名目で所得を損金に組み入れる、幽霊会社の経費を操作して赤字会社にしたうえ黒字会社と合併させる、不動産を譲渡するに当たって不動産譲渡税の支払を免れるため、当該不動産を幽霊会社の所有としたうえ、その株式の売却、あるいは他の会社との合併の形式をとる等である。田中の支配する幽霊会社はいずれも田中に暴利を貪らせ、納税義務を免れさせ、その政治的地位の利用を隠蔽するという不法な目的のためにのみ存在する。

(二)  原告は細々とガン保険の勧誘をし、鳥屋野潟を保有する以外には何もしていないのに等しい会社であり、その役員はすべて田中の関係者が占め、株式も田中の関係者が所有していることからして、田中と一体の関係にあり、田中の支配する幽霊会社の一つである。

(三)  ところで商法五八条一項一号は「会社ノ設立ガ不法ノ目的ヲ以ツテ為サレタル」場合において「公益ヲ維持スル為会社ノ存立ヲ許スベカラザルモノト認ムルトキハ」裁判所は会社の解散を命ずることができると規定するが、ここにいう「会社ノ設立」には会社の存在自体も含まれると解されるところ、原告は右に述べた通り不法の目的のためにのみ存在するから、本来ならば裁判所によって解散を命じられなければならない会社である。このような会社が田中に抗弁1で述べた通りの暴利を貪らせ、納税義務を免れさせ、その政治的地位の利用を隠蔽して世論の批判をかわす目的で登記請求権を行使することは、権利の濫用であり、許されない。

と述べた。

なお、陳述されたものとみなされる被告渡辺キヨシ(被告番号112)の答弁書には、請求の原因8のうち、本件土地二は未だ所有権保存登記がなされていない事実及びその登記簿の表題部に笠原惣内、逢坂七郎次、逢坂啓二及び渡辺庄吉が共有者として記載されている事実を認める旨の記載がある。

三  被告櫻井タネ、佐藤トミ(被告番号4、5)訴訟代理人は「原告の同被告らに対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因1ないし5の事実は争う、同7のうち、同被告らが亡佐藤與松の姉亡櫻井ヨイの子亡櫻井イシの子である事実は認めるが、その余の事実は知らないと述べた。

四  被告黒井ヒロ、晒名茂子、黒井キソ、黒井静男、渡邊サチ子(被告番号71ないし75)訴訟代理人及び被告鈴木正市(被告番号23)は「原告の同被告らに対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因1ないし5の各事実は知らない、同7の事実は認めると述べた。

五  被告小野眞理子、井上朋子、伊藤ミチ、井上一雄、井上俊雄、井上澄江、山中和子、池浦昌代、吉田榮子、吉田修、大橋澄子(被告番号19の1及び2、20、31ないし34、35の1ないし3、43)の陳述したものとみなされる答弁書には「原告の同被告らに対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める、請求の原因に対する認否として「同被告らが持分権を有することは争わないが、その余の主張はすべて否認する。」との記載がある。

六  被告吉田セイ、山田フミ、高橋スミ(被告番号25、27、29)は「原告の同被告らに対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因1ないし5の各事実は知らない、同7のうち、同被告らが亡佐藤與松の兄亡井上與吉の子亡鈴木セツ子の子であることは認めるが、その余の事実はいずれも知らないと述べた。

七  被告北上ヨシ(被告番号30)は「原告の同被告に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因1ないし5及び7の各事実はいずれも知らないと述べた。

八  被告森田綾子(被告番号51)は本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされる答弁書には「本件に関しては一切知らない、相続権があるとしても一切放棄する。」旨の記載がある。

九  別紙(四)不出頭被告目録記載の被告らは適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しない。

一〇  被告逢坂正男(被告番号102)は「原告の同被告に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因事実はすべて認めると述べた。

一一  原告訴訟代理人は、別紙(二)被告目録五記載の被告ら及び被告渡邊スミエの抗弁に対する認否として、

1  同1は争う。その主張は極めて抽象的であり、田中がどのような政治家としての地位を利用して被告ら主張にかかる行為をさせたのか、蓮潟及び鳥屋野潟の適正価格が当時幾らであったのか、房総観光産業が蓮潟及び鳥屋野潟を売り渡す相手がなぜ日本電建でなければならなかったのか等の具体的事実の主張がない。田中が暴利を貪ろうとしているとの主張についても、具体的な金額には誤りがあるし、また転々譲渡された間の時の経過と地価高騰及び所有者の変更が全く考慮されていない。なお政治家の国民代表としての任務に違背する行為があったことの証明責任は被告側にある。

2  同2も争う。原告は、昭和四八年七月までは田中と全く関わり合いがなかったし、畜産業、ガン保険の募集、遊園地の経営、不動産賃貸の業務を営み、企業活動を行っているのであって、田中と一体であるとは言えない。また商法五八条一項一号にいう「会社ノ設立」が会社の存在自体を含まないことは文理上明らかである。

と述べた。

一二  証拠〈省略〉

理由

一被告森田綾子(被告番号51)は請求の原因を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二別紙(四)不出頭被告目録記載の被告らはいずれも適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求の原因を明らかに争わないものとして、これを自白したものとみなす。

三被告逢坂正男(被告番号102)との関係では請求の原因はすべて争いがない。

四その余の被告らとの関係で検討する。

1  請求の原因1の事実は、別紙(二)被告目録五記載の被告ら及び被告渡邊スミエとの関係では争いがなく、それ以外の被告らとの関係では〈証拠〉により認めることができる。

2  請求の原因2ないし4について検討する。

(一)  まず女池部落の部落構成員としての資格要件について検討するに、右各証拠(〈証拠判断略〉)によれば次の事実を認めることができる。

(1) 女池部落内に本籍を置き、部落内に居住する戸主(家制度の廃止後は世帯主)は構成員となる。

(2) 部落内に出生して部落内に分籍し、部落内に居住する者も構成員の資格を取得する。

(3) 他から部落内に本籍を定めて移住し、部落内の土地を所有した者も構成員の資格を取得する。

(4) 部落外に本籍又は住所を移した者は構成員の資格を失う。

原告は、右(1)、(2)についても部落内の土地を所有することが部落構成員となるための資格要件であると主張し、証人藤塚、渡辺はこれに沿う供述をするが、前記甲第三号証(明治一五年に作成された部落の議定書。いわゆる明治議定書)には「本村ノ産ニシテ向後本村ニ分籍スルモノハ村中共有地ノ所持権ヲ有スルモノトス」との規定と「他ヨリ本村ニ本籍ヲ定メ住居スル人ニハ村中共有地ノ所持権ヲ毫モ附與セザル者トス但本村ノ土地ヲ所有スルモノハ此限ニアラズ」との規定とがあり、ここにいう「村」とは当然女池部落を意味すると解されるところ、これらの規定を対比して考えるならば、部落内の土地所有は他からの移住者((3))についてのみ資格要件であり、部落の出身者((1)、(2))については資格要件でないと解される。

(二)  廣川承慎、渡部教宣、真柄善一郎の三名が部落構成員としての地位を有していたことは原告の自認するところであるから、右三名が部落構成員としての地位を喪失したとの事実が認められるか否かを検討する。

(1) 廣川、渡部について

〈証拠〉によれば、部落構成員は部落の財産管理その他(土地の公租公課、神社の修理、祭礼等)に必要な費用に充てるため、協議費と呼ばれる負担金を支払うものとされていたが、廣川及び渡部は部落内に存する寺(皆応寺)の僧であり、部落はこれに対して寄付をする立場でこそあれ金員を徴収する立場にはないことを理由として、部落の側で自発的にその支払を免除していた事実、そして部落の総有に属する蓮潟、鳥屋野潟等の管理処分(主として売却)に当たらせるため、昭和三〇年九月ころ、部落構成員の代表から成る財産管理委員会が結成された事実を認めることができる。

ところで証人藤塚は、部落は昭和三一年ころ、廣川については協議費を支払っていなかったこと及び部落内に耕地を有しなかったことを理由として、渡部については協議費を支払っていなかったこと及び部落内に土地を有しなかったことを理由として、それぞれ部落構成員としての地位を脱退してもらうこととし、財産管理委員が二、三万円を渡した上、同人らの了解を得たと供述し、証人渡辺も同人らに金銭を渡して了解を得たと聞いている旨を供述する。

しかしまず協議費の支払がなかったとの点については、同人らは支払義務があるのにこれを怠っていたというのではなく、部落の側で自発的に支払を免除していたに過ぎないのであるから、何ら問題とすべき筋合のものではなく、それにも拘わらずこれを理由に脱退を求め、同人らがこれに応じたというのはいかにも不可解である。

次に廣川が部落内に耕地を有していなかったとの点については、第2項で認定した基準によれば耕地所有が部落構成員の資格要件となることはありえないのであって、現に証人藤塚自身も、農地にこだわる訳ではなく土地を有していればよいと述べているのであるから、耕地を有していなかったことを脱退の理由として挙げることもまた不合理である。渡部が部落内に土地を有していなかったとの点についても、〈証拠〉によると、渡部は土地を所有していた事実が認められる上、そもそも右各証拠によれば同人は部落出身者である事実が認められるから、第2項(一)(1)または(2)の基準に照らし、土地の所有は部落構成員の資格要件とならないのであり、だからこそ同人は従前部落構成員としての地位を有していた訳であって、土地を有していなかったことを脱退の理由として挙げることも同様に不合理で首肯できないものである。二、三万円を渡したとの点についても、その供述自体あいまいであり、領収書等の作成されたことを窺わせる証拠もない。

さらに〈証拠〉によれば、部落は昭和三一年に蓮潟、昭和三五年に鳥屋野潟をそれぞれ売却し、代金として蓮潟については七万円、鳥屋野潟については二〇万円を各構成員に分配したが、財産管理委員会が結成された時点では既にこの売却計画が持ち上がっており、そもそも財産管理委員会が結成されたのも主としてこれらの売却及び代金分配を円滑に進める目的のためであった事実が認められる。そうすると第一に、構成員資格の有無はかかる多額の金員の分配を受け得る地位と直結する重要なものであるから、仮に部落構成員としての地位を脱退させたというのであればその旨の文書を作成するのが当然であると思われるのに、そのような文書の作成された事実を窺わせる証拠はない。第二に、〈証拠〉によれば、協議費というのは年間一〇〇〇円程度のものであり、さほど多額のものではなかった事実が認められるから、その支払がないことを理由として七万円、二〇万円といった多額の売却代金の分配を受け得る地位を脱退したというのも納得し難いものである。

以上に述べた通り、証人藤塚、渡辺の前記各供述は全般的に甚だ不自然、不合理なものとして採用することができず、他に廣川及び渡部が部落構成員としての地位を喪失した事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) 真柄について

証人藤塚は、部落は昭和三一年ころ、真柄についても同人が協議費を支払っていなかったことを理由として部落構成員としての地位を脱退してもらうこととし、財産管理委員会が同人の了解を得たと供述する。しかし真柄が協議費を支払っていなかったことを窺わせる証拠(協議費の取立帳等)は全く存しない。却って被告笠原本人は、協議費は同じ部落の者が集めに来るからよほどの勇気がなければ滞納することは不可能である、仮に本人が支払わなくても親戚等から代わりに取り立てるのが普通である、年間僅か一〇〇〇円程度の協議費を支払う能力がなかったとは考えにくい、真柄が協議費を支払わないとして部落内で問題になったことはない、と供述するのであって、右供述内容は合理性を有するものとして措信することができる。また部落構成員としての地位を脱退する旨の文書等の明確な資料が作成された事実を窺わせる証拠が全くないこと、僅かの協議費を支払わないことを理由として多額の売却分配金の支払を受け得る地位を脱退したというのが納得し難いことは(1)でも述べた通りである。

従って証人藤塚の前記供述は採用できず、他に真柄が部落構成員としての地位を喪失した事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  次に、〈証拠〉によれば、丸山義意の祖先は明治三〇年ころ、他から女池部落内に本籍を定めて移住した事実が認められるので、まず丸山が部落内の土地を所有していたか否かを検討する。証人藤塚は丸山の土地所有を否定し、同人は昭和四〇年ないし四五年ころまでは土地を有していなかったと供述するが、その根拠については述べるところがない。証人渡辺は、丸山には自宅があったから当然土地を所有していたであろうと供述するが、取得の時期については述べるところがない。被告笠原本人は、丸山は農地解放により昭和二五、六年ころ部落内に宅地を取得した、蓮潟の売却代金が部落内に分配された際、その分配を受けなかったのは納得できないとして異議を述べていたと供述する。

これらの供述を総合して検討すれば、丸山は昭和二五、六年ころに宅地を取得した可能性が高度に存在するのであり、これを否定し去ることは明らかに不合理である。次に原告は、丸山が協議費を支払っていなかったとも主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、却って(二)に述べた通り、協議費を滞納することは事実上極めて困難であり、支払っていた可能性も強いと考えられる。

以上によれば、丸山が部落構成員でなかったことの証明はないというべきである。

(四) 結局、別紙(六)女池部落構成員目録記載の七九名以外に少なくとも前記廣川、渡部、真柄及び丸山の四名が女池部落の構成員であった可能性が強く、従って本件土地一、二の売買時である昭和三五年における構成員が原告主張にかかる七九名のみであったとの事実を認めることはできない。

(五) そうすると、女池部落が本件土地一、二を売却するについて、右七九名の同意を得たというのみでは部落構成員全員の同意を得たことにならないのは明らかであって、少なくとも廣川、渡部、真柄及び丸山の四名の同意をも要することになるところ、その同意のあった旨の主張、立証はない。

なお、前掲証人渡辺は、前記廣川ほか四名から本件土地一、二を含む部落の土地の処分に関し今日に至るまで何ら異議の申立てを受けたことはない旨供述するが、仮にそのとおりであったとしてもこのことから直ちに右四名の同意があったとみることは困難である。また、〈証拠〉によれば、昭和三一年六月ころ、女池部落において、部落の構成員を別紙(六)記載の七九名として、本件土地一、二を含む部落総有財産の管理に関し女池共有財産議定書(いわゆる昭和議定書。作成名義は新潟市女池共有財産管理委員会)を作成し、その第二条には「共有財産に関し協議議決する場合は権利者の三分の二以上の賛成を必要とする」との定めのあることが認められるが、当時(〈証拠判断略〉)、部落の構成員として右の七九名以外に前記廣川ほか四名も存在していた可能性の強いことは前記のとおりであるところ、右四名がその作成に関与していなかった(このことは原告も自認している。)のであるから、右議定書(昭和議定書)のうち少なくとも総有に属する土地(本件土地一、二も含まれる。)の処分に関する定めは、総有者全員の同意ないし承諾がなく作成されたものとして、効力を生じないものと解するほかはない。

(六) よってその余の点について検討するまでもなく、請求の原因4の売買契約は無効と言わざるを得ないから、原告は本件土地一、二の所有権を承継取得することもできないのであって、原告の前記被告らに対する請求はこの点において既に理由がない。

五以上の事実及び判断によれば、別紙(三)不出頭被告目録記載の被告ら、被告森田綾子及び同逢坂正男に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し、その余の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官吉崎直彌 裁判官西野喜一 裁判官村上正敏)

別紙(一)、(二)、(三)〈省略〉

別紙(四) 物件目録

一 新潟市女池字鳥屋野潟三六〇六番

池沼 五八六六四平方メートル

二 右同所三六四一番

池沼 二八三三三平方メートル

別紙(五)、(六)、(七)、(八)〈省略〉

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